2026年5月24日(日)、今日はペンテコステ(聖霊降臨祭)でした。

使徒たちの上に聖霊が降ることによって、「教会」が誕生したことを記念する日です。「聖霊降臨祭」として祝われています。

今日のお花は、バラ。
教会メンバーの一人が自宅で咲いたバラをお持ちくださいました。やっぱりバラは見栄えがしますねえ。

説教では、使徒言行録2章1~47節から、「命の息と聖霊の激しい風」というタイトルでお話をしました。

「命の息と聖霊の激しい風」

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
(日本聖書協会「聖書 新共同訳」 使徒言行録2章1~4節)

1.その日、何が起きたのか? ~聖霊が降り、教会が生まれた!~

ただならぬことが起こったようです。圧倒的な神の臨在が使徒たちの上に臨みました。

ここで注目したいのは、「風」です。しかも、「激しい風」

念のために申しますが、「風が吹いた」とは書かれていません。「激しい風が吹いて来るような音が、天から聞こえた」のです。天から、つまり神からの音ということですから、この音さえ、私たちがこの耳で聞く音ではないのかもしれません。ここでは、象徴・イメージが多用されているのですね。

「風」は、聖書の中では「霊」そして「命」にも通ずる言葉です。

創世記の天地創造物語においては、人間は神に命の息を吹き入れられることによって、生きる者となりました。

そして、今、使徒たちに聖霊が降り、イメージとしては天からの激しい風が吹いて来ることによって、力強い命の息が吹き入れられることによって、教会は産声を上げ「生きる者」となりました

私たちの教会はペンテコステ派に属していて使徒言行録にはよく親しんでいますが、ペンテコステ派では「聖霊を『力』と結びつけてとらえる傾向」があります。けれども、「ここで与えられたのは本質的には『命』なのであって、その命が力の源となっている」ことを決して忘れてはなりません。

命を受けた者は動き出します。どういうかたちで動き出すのでしょうか?
「神の言葉を語りだす」というかたちで動き出すのです。

2.教会は語りだした。

ここで注目したいのは、「舌」です。「炎」のような「舌」「分かれ分かれに」現れ、一人一人の上にとどまった

イメージとして舌が用いられているのは、舌が言葉を語る器官だからでしょう。炎は熱とつながります。熱い思いをもって心から語りだす。

何を語ったのでしょう?
ここでは、「“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」とありますが、後の箇所を見ますと、彼らは「神の偉大な業」を語っていたことがわかります。

つまり、聖霊によって命を受け、力を受けた教会は、神の偉大な業を、神をほめたたえる言葉を心熱く語りだしたのですね。

この箇所は、「バベルの塔」の物語との関連性がよく指摘されます。
私たちの教会では、年初めから創世記1~11章の原初史をもとに「命の息の深呼吸」というシリーズ説教を聴き続けてきました。その中で「バベルの塔」にも触れましたから、教会のみなさんは「ああ、あの話ね」とすぐに思い出してくださるでしょう。

この箇所は、「バベルの塔」事件(?)に対する神の応答、伏線回収となっています。

バベルの塔の物語は、人間が神に届こうとする物語、神に挑戦する物語でした。結果として、神によって言葉が混乱させられ、彼ら自身も混乱に陥り、散っていきました。

しかし、今、このペンテコステの物語においては、神が教会を通して人々に届こうとする物語、神に背を向けた人間世界をもう一度神のもとに招き、導こうとし、そして、たとえ言葉は違っても、あらゆる国の人々が神をあがめることにおいて一つとなり、秩序を取り戻していくという物語、罪に陥った世界を新しくする再創造物語の始まりとなっているのです。

事実、直後にペトロら使徒たちは立ち上がり、声を張り上げて、神の言葉、イエスの福音を語り始めました。

そして、この福音を聞いて心を打たれた人々が悔い改めて洗礼を受けたのですが、その日に3000人ほどが仲間に加わったとあります。

命を受けた者は語りだします。神の言葉、イエスの福音を語りだします。
そして、それを聞く人々もまた命を受けていったのです。

3.教会はその歩みを始めた。

教会は、神の言葉を受け入れた人々に洗礼を授け教えを語り、交わりを保ち、パンを裂き、祈り、賛美し、礼拝する群れとなりました。そして、神の言葉、イエスの福音を宣べ伝えたのです。ここに、教会、新しい神の民の歩みが始まりました。

教会とは何でしょう?教会とは、聖霊によって生まれ、聖霊によって生かされ続ける共同体です。そして、その交わりの中に人々を招き続ける開かれた共同体なのです。

教会はこのように歩み続けて今日に至り、私たちもまた、そのように歩んでいます。時代が変わっても、場所が変わっても、スタイルが変わっても、聖霊に導かれてその歩みを続けていく。それが「教会」なんですね。

むすび:聖霊は今も世界中の教会の中に、そして私たちの教会の中に!

ペンテコステは、神の命の息が吹き入れられて教会が生まれた日です。教会は神の命に生かされて「生きる者」となり、福音を語り、その歩みを始めました。そして、その延長線上に私たちの歩みもあるのです。

イエスから使徒たちの教会へ、そして2000年のときを超えて私たちの時代の教会にまで、その働きをつなぎ続けておられるのは、聖霊です。聖霊が与えてくださる命、そして力によって、教会はその歩みを続けてきたし、続けていくのです。ペンテコステの日に始まった物語は、今も続いているのですね。

ですから、私たちは祈るのです。

聖霊よ、今日も私たち教会を生かしてください。
聖霊よ、今日も私たち教会を語る者としてください。
聖霊よ、今日も私たち教会を世界へと遣わしてください。

聖霊に導かれて歩み続けましょう。

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