2025年12月、クリスマス礼拝を行いました。

「小さな教会の小さなクリスマス」ということで座席と駐車場の関係から、クリスマス礼拝を12月13日(土)、14日(日)、20日(土)、21日(日)の4回、同内容で開催しました。

今年も、初めていらしてくださった方々との出会いがあり、久しぶりの再会がありました。中には本当に本当に久しぶりの再会も。そして、もちろん毎年来てくださる方も。この雰囲気がいいんですよねえ。

教会は、「人が 神と出会う場所」であり、「人が 人と出会う場所」です。これからもそういう場所であり続けたいと思います。

クリスマス礼拝では、クリスマスの賛美歌を歌い、聖書から救い主イエス・キリストの誕生の物語をお話しし、神に感謝の祈りをささげました。

聖書の話は、ルカによる福音書2章8~21節から 「羊飼いたちの夜」というタイトルでお話しをしました。

「羊飼いたちの夜」

先ほど、聖書のルカによる福音書から「救い主の誕生」の部分を朗読いたしました。

クリスマス、それは救い主イエス・キリストの誕生を祝う祭りです。

もちろん、主役はイエス・キリストです。

しかし、今日わたしたちは、この物語に登場した「羊飼いたち」に目を向けてみたいと思うのです。

クリスマス物語に、なぜ「羊飼いたち」が登場するのか?

彼らの物語は、わたしたち一人ひとりの「日常」「人生」と深くつながっているかもしれません。

今日は、その辺のところをお話ししてみたいと思います。

タイトルは、「羊飼いたちの夜」です。

1.眠れぬ夜

ポイントを3つ挙げてお話ししていきたいと思います。
第一番目のポイントは、「眠れぬ夜」です。

羊飼いたちは野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていました。だから、「眠れぬ夜」。

実際、いつオオカミや盗賊が襲ってくるかわかりません。彼らは危険と隣り合わせで、寝ずの番をしていたのです。

彼らは雇われ労働者です。生き物相手の仕事ですから、重労働で汚いですし、生活は不規則です。

草場を求めて、あちらこちら移動しながらの野宿生活にもなります。町や村に定住できません。

ですから、人々と同じようには社会生活も宗教生活も営めませんでした。

つまり、羊飼いとは「それをして生きていくしかなかった人たち」であり、人々からは社会的にも宗教的にも底辺の人たちとして見下され、疎外されていたのです。

社会の片隅に追いやられた、誰からも顧みられない存在。

「眠れぬ夜」焚火を見つめながら、彼らは何を思っていたのでしょう。

「眠れぬ夜」夜空を見上げながら、彼らは何を感じていたのでしょう。

孤独、悲しみ、怒り、あきらめ……。

みなさんは「眠れぬ夜」を過ごしたことがありますか。わたしはあります。

家庭でも、学校でも、職場でも、「わたしのことをわかってくれる人がいる。」それって、人生でものすごく大事なことだと思うんです。

逆に、「わたしのことをだれもわかってくれない。わかってくれる人が一人もいない」ということは、本当に悲しくて、つらいことです。

「自分がつまらない、どうでもいい存在に思えてくる。そして、人生そのものがむなしくなる。」

羊飼いたちの仕事がどんなにつらくても、彼らの存在を認め、理解してくれる人がいれば、彼らの夜は、彼らの人生は、また違ったものになったのではないかと思うんですよね。

「羊飼いたちの夜」は、そういう意味で、暗く「眠れぬ夜」であったのです。

2.驚きの夜

ところが、その「眠れぬ夜」が一変する出来事が起こります。
第二番目のポイントは、「驚きの夜」です。

突然、主の天使が彼らの前に現れ、主の栄光が周囲を照らしました。

「彼らは非常に恐れた」とあります。当然です。日常が突然破られたのですから。

神様というお方は、私たちの日常、人生の中に訪れてくださるお方なのですね。

わたしたちは天使の登場に驚いてしまいますが、焦点はそこにはありません。

焦点は、「天使が告げた知らせ」にあります。

天使は言った。
「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
 今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。
 この方こそ主メシアである。」

(日本聖書協会「聖書 新共同訳」ルカによる福音書2章10、11節)

当時のユダヤはローマ帝国の支配下にあり、人々は自分たちを解放してくれる救い主としての指導者の登場を待ち望んでいました。

そこに「救い主の誕生」という大きな喜びの知らせがもたらされたのです。

「民全体に与えられる大きな喜びの知らせ」なのですから、まず最初に王や宗教指導者たちに告げられてしかるべきです。

しかし、その知らせは彼らにではなく、野にある、名もない「羊飼いたち」にもたらされました。

ここにクリスマスの一つの謎、ミステリーがあります。なぜ「羊飼いたち」だったのでしょう?

みなさんは、うれしい出来事があったとき、だれに一番最初に伝えますか?

よい知らせ、うれしい知らせを一番最初に伝えたい人、それはみなさんにとって「一番大切な人」ではないでしょうか。

神様にとっても、それは同じです。

神様は、救い主の誕生という大きな喜びの知らせを、まず「羊飼いたち」に伝えたかった。

それは、「彼らのような人たちこそが」、神様にとって一番大切な人、思いを届けたかった人だからです。

「あなたは決してひとりではない」「わたしは決してあなたのことを忘れていない」「わたしはあなたと共にいる」

そうした神のメッセージがここに込められているんですね。私はここに、神の慰めを感じるのです。

そして天使は告げました。

「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

(同 ルカによる福音書2章12節)

救い主は、王宮のふかふかのベッドにではなく、貧しい家畜小屋の家畜のえさ箱、飼い葉桶の中に寝かされている。ここに、神が、そして救い主が、「だれと共に生きようとするのか」が表れています。

天使の訪れと知らせによって、羊飼いたちの「眠れぬ夜」は、「驚きの夜」となりました。

彼らは、そしてわたしたちは、この知らせをどう受け止めるでしょうか?

3.喜びの夜

三番目のポイント、それは「喜びの夜」です。

聖書を読むと、天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないかと話し合った」(15節)というんですね。

そして急いで行って、「飼い葉桶に寝かされている乳飲み子を探し当てた」(16節)というのです。

この行動が大切です。彼らは聞いて終わりではなく、天使の知らせが本当かどうかと、自分たちの目で確かめに行ったのです。

そして、「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべてが天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行」きました(20節)。

「神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」

それは、「喜びと生きる力を得て帰って行った」ということです。

どこに帰って行ったのでしょう。彼らの日常にです。羊飼いの生活へと戻っていったのです。しかし、彼らはもはや、以前の彼らではありませんでした。

彼らは、神が共にいてくださることを知ったのです。だれからも顧みられることのなかった彼らでしたが、「神は自分たちに目を留め、心にとめてくださっている!」

そのことを知ったとき、彼らの胸に大きな喜びが宿り、それが彼らの生きる力となったのです。「状況」は変わりませんが、「彼ら自身」が変えられたということなんですね。

彼らの「眠れぬ夜」は、「喜びの夜」そして「喜びの朝」「喜びの人生」へと変えられていきました。

さて、教会にはいろいろな人がいます。優しい人、物静かな人、明るい人、元気な人……。

でも、いろいろと話を聞いていくと、どんな人にも、暗い夜を過ごした時期があったということがわかります。

そして、そうした暗い夜、眠れぬ夜に、何かのきっかけで(わたしたちはそれを「神の導き」「神の訪れ」と呼ぶのですが…)教会に通うようになり、聖書を読むようになり、自分自身でもイエスとの出会いを体験し、信じるようになった。そして、その心に大きな喜びが宿るようになった。……そう聞かされるんですね。そして、わたしもそうでした。

つまり、羊飼いたちの物語は、私たちの物語でもあるんですね。

羊飼いたちは、再び、野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をする生活に戻りました。しかし、焚火を見つめながら、彼らは自分たちを訪れてくださった神を想い、自分たちが出会った飼い葉桶の中の救い主を想うようになった。

わたしたちも同じです。若い頃は華やかなクリスマスが好きかもしれません。しかし、歳を重ねるほど、クリスマスのことがわかるようになればなるほど、こう思うのです。

「ろうそくの光だけで十分だ。暗い眠れぬ夜を過ごしていた私に、神は救い主イエス・キリストを遣わして、この心に光を灯してくださったのだから。」

今日お話しした物語は遠い昔の物語ではありますが、現在のわたしたちに続く物語、つながる物語なのです。

この喜びの知らせは、今日も、天使、いや教会を通して、世界中に、そしてみなさんお一人ひとりに届けられています。

「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。
 今日ダビデの町で、あなた方のために救い主がお生まれになった。
 この方こそ主メシアである。」(前掲)

羊飼いたちが立ち上がり、「さあ、見に行こう」と急いだように、わたしたちも救い主イエス・キリストのもとにまいりましょう。

神様はわたしたち一人ひとりを、「救い主イエス・キリストとの出会い」に招いておられるのです。

……というお話をしました。

「それではみなさん、また来年のクリスマスにお会いしましょう!よいお年をお迎えください!」

これが毎年恒例のクリスマス礼拝の締めのごあいさつ。もちろん、毎週の主日礼拝や、月に一度のオープン礼拝(主日礼拝体験会)へのご参加も歓迎いたします。どなたもお気軽にお越しください。

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聖書の話に興味をお持ちになられましたら、ぜひ教会をお訪ねください。

「主日礼拝」は、毎週日曜日 午前10:30~12:00に行われています。

一般の方々を歓迎する「オープン礼拝(主日礼拝体験会)」もあります。

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