2026年2月3日(火)、節分の夜。月がとてもきれいな夜でした。

「牧師さんの家でも、恵方巻食べたり、豆まきをしたりしますか?」と聞かれることがあります。
わが家では、食べませんし、まきません。
「宗教上、してはいけない」というよりも、主イエス・キリストがいつも共にいてくださるから「する必要を感じない」と言ったらいいでしょうか。
恵方巻を食べずとも、豆をまかずとも、私たちの心にはいつも主がくださる安心と平安がありますし、主に対する感謝があります。それだけで、十分しあわせなのです。
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こちらは翌2月4日(水)、立春の朝。木瓜(ボケ)ですかね。日曜日の礼拝用生け花のおさがりです。

普段、二十四節気を意識して生活しているわけではありませんが、雪国・富山に来てから少しそれになじむようになりました。
昔に比べて雪の量はだいぶ減ったそうですが、雪の降らない静岡県で育った私にとっては、ここも十分な雪国です。
そんな私の心の支え(少し大げさ?)になっているのは、「冬至」と「立春」です。
「冬至」は、一年で最も夜が長く、ここから再び日が伸びていく折り返しの日。「どんなに寒くても、雪が降っても、ここから毎日少しずつ明るくなっていくんだ」と自分に言い聞かせています。
そして「立春」。小寒、大寒という厳しい寒さを経て、暦の上ではいよいよ「春」を迎えます。この頃になると、仕事帰りの時間帯でも「あぁ、明るくなってきたな」と体感できるようになります。
ここから「雨水」「啓蟄」「春分」「清明」「穀雨」「立夏」と続き、一歩ずつ進む春の訪れを楽しめるようになります。
雪国で暮らす人間にとって、春の気配の深まりは何よりもうれしいものです。
