2026年8月23日(日)、主日礼拝日。

暑い日が続いています。私も軽い熱中症か、夏バテか、先週は保育園の仕事を休ませていただきました。

今日の礼拝には、遠方からなつかしいお客様がいらしてくださいました。近況を語り合い、神の祝福を祈り合い、慰められ励まされする礼拝でした。

さて、毎年夏には、戦争に関する本を読むようにしています。

今年の夏に読んだ(読み返した)のは…
 『戦争は人間的な営みである』(並木書房)
 『キリスト教と戦争』(中公新書)
 『私たち、戦争人間について』(創元社)

著者はいずれも、石川明人氏。宗教学者、桃山学院大学教授、そしてキリスト者です。

キリスト者だから、「反戦平和」の本かと言うと、そう単純ではありません。「反戦平和を唱えるだけでは戦争はなくならない」と言います。

「そもそも、なぜ人は戦うのか」「愛と平和を説くキリスト教が戦争にもかかわっているのはなぜか」「私たち人間の愛と平和主義には、限界があるのではないか」と問います。

石川氏は言います。「戦争とは何かを問うことは、人間とは何かを問うことにつながる」と。

本当にその通りだと思います。

戦争には矛盾が満ちています。それを行う人間自体が矛盾に満ちているからです。

『戦争は人間的な営みである』というタイトルは、きっとそれを表しているのでしょう。

そして、戦争が「人間的な」営みだからこそ、人間の限界を認めて、それこそ神に祈るしかない部分が出てくる。

それは、神が解決してくれる、何とかしてくれる、という意味ではありません。

文字通り、人間には限界がある、ということです。

人間を過度に信じず、かと言って、あきらめもせず……

答えの出ない、難しいことです。

それでも、考え続けなければならないことだと思って、考え続けています。